
難読地名として知られる一口(いもあらい)にある「旧山田家住宅」を見学してきました。
正確には久御山町東一口です。

以前から気になっている巨椋池のこと。
調べているうちに旧山田家住宅に行き当たりました。
巨椋池は昭和16年の干拓事業終了で消滅する以前は、池で魚を獲って生業とする漁業従事者がたくさんいて、山田家は江戸時代、そうした漁師さんたちを束ねる大庄屋だったそう。
こちらでは鰻、鯉、鮒等々の淡水魚専門の「川魚屋」さんが、海の魚を扱う魚屋さんとは別にあるということを先日聞いたばかりでした。
鯖街道を経てきた海の魚と、琵琶湖や巨椋池の淡水魚の両方を食べていたらしいです。そういえば先日見学した「鶴清」さんも「鮒鶴」さんも、元は巨椋池で獲れた魚を食べさせるお店でした。
で、山田家ですが。
資料によると江戸時代には御牧郷(みまきごう)13か村をまとめる大庄屋の家柄で、巨椋池漁業の代表者として崇拝され、名字帯刀も許されていました。

敷地はおよそ東西40m、南北30mの広さ。この家の建っている場所は他より一段高いのですが、それは洪水対策のために切り石を積んでわざわざ高くしているのだそう。
平成22年に長屋門、主屋(しゅおく)が国の有形文化財建造物に登録され、平成25年に久御山町へ寄贈されました。

現在は中に入ることはできず、外からの見学です(以前は入れたらしい)。
家紋は「丸に五つ引き」で、屋根には家紋を練りこんだ瓦が組み込まれています。


かつてこの屋敷を訪れた従者が控えていたといわれる長屋門は、現在資料室となっていて、巨椋池での漁業の様子などを垣間見ることができます。
