うさぎの道

2024年4月、北海道から宇治に越してきました。北海道と京都、宇治の違いなど気づいたことを綴ります。

二度目の時代祭観覧

22日、去年に引き続き有料観覧席で時代祭を見てきました。

 

観覧席は応天門前、解説付きの席でした。

 

昨年春に宇治に越してきて、祇園祭時代祭葵祭の三大祭はとりあえず有料観覧席でコンプリートしました。

その中で時代祭、古代欽明天皇の御代から始まった葵祭や平安前期から行われていたという祇園祭に比べて歴史が新しく、明治になってからのお祭なので、京都の人に割と軽く見られているという印象でした。

でも、私にとってはこれまで学校の教科書で習った歴史とは全然違う歴史観で構成されている時代行列がとても面白かったのです。

 

実際に時代行列を見るまでは、歴史年表に沿って各時代の衣装をまとった人が歩いていくのだと勝手に思っていました。

ところが去年、解説付きの観覧席で解説を聞いてみると、そうではないことがわかり、びっくり!

あまりの面白さに、今年も解説付き有料観覧席を予約してしまいました。

 

で、どこが面白かったかというと・・・。

この行列の構成はすべて「朝廷」側の史観で組み立てられているということ。

 

行列は天皇が東京に移られる前、平安神宮に祀られている孝明天皇の御代からスタートし、平安遷都をなさった桓武天皇の御代まで続きます。

なので、まずは明治維新の行列が来るわけですが、朝廷側から見た人選なので桂小五郎西郷隆盛坂本龍馬などに扮した人は来るものの、幕府側の人間であった新撰組などはいません。

 

その次の江戸時代もこれまた朝廷側からの史観なのて、徳川家康や吉宗といった徳川将軍はおらず、朝廷の重要な儀式などに将軍の名代として上洛するという徳川城使上洛列がやってきます。

 

こんなふうに私の頭の中にある歴史年表や人物があまり見られない時代行列がどんどん通り過ぎていき、去年はこの行列の歴史観に仰天しっぱなし。

 

徳川時代の次は安土桃山時代室町時代と続くわけですが、なんと室町幕府を開いた足利尊氏が逆臣であるとの理由で、室町時代の行列は2006年まではなかったのだそう。

 

さらにこの後、私たちが歴史の授業では南北朝時代と習う時代は、吉野時代の行列として登場します。明治時代から太平洋戦争終結時まで有力だった南朝を正統とする皇国史観の影響だそうです。

なので、この行列のメインは後醍醐天皇に最後まで忠誠をつくした楠木正成がメインの行列です。楠木正成、学校の授業ではちらっと名前が出るくらいでは?

 

私は母の影響で昔の唱歌や軍歌などをよく聞いていたので、「青葉茂れる桜井の~」という楠木正成とその息子楠木正行の別れを歌った「桜井の訣別」を思い出しますが、普通は知らないよね。

 

そんなこんなで今年も改めて時代祭歴史観を嚙み締めて帰ってきました。

解説付きの観覧席で見なかったら、単に歴史コスプレパレードとして眺めて終わっただろうなと思います。多分、2年続けて有料観覧席で見ることはなかった。

京都の知人たちも、そんな詳しい時代列構成は知らないという人ばかりでした。

 

時代行列の後は神幸列。

御祭神が年に一度市中を巡幸され、市民が安らかであることをご覧になります。

御祭神である桓武天皇孝明天皇の御神霊がお乗りになるのは、天皇の乗輿で江戸時代の儀式に倣った御鳳輦(ごほうれん)。

御鳳輦の先を歩いていたきらびやかな時代行列は神幸列のお供であり、メインは神幸列です。

 

それにしても巡幸された桓武天皇孝明天皇、インバウンドだらけの今の京都の街中をご覧になってどう思われたでしょう。